Eternal wonder
なごみまくりの徒然日記。暇つぶしにどうぞ。

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I wish                 

息が詰まりそうな空気の中、俺は黙って佇んでいた。
皆が気をつかってくれているのがわかればわかるほど、俺のプライドは傷つき、だんだんと闇の中へ堕ちていった。まるで深海の中にいるようだった。
ベラ。いつかは君のことを穏やかな目で見守ることができるようになるのだろうか。
言葉の刃で君を傷つけたことを、幼い頃の戯れだと笑って片付けられるときが来るのだろうか。
多分、来るとしてもそれは遠い未来の話で、今は絶対に考えられないことだ。
そう自分の中でつぶやくと、俺は黙って視線をゆらがせた。
ここに来るのは、いつもつらい。
狼になっているだけに、周りのやつらには心の中が筒抜けだ。その上に、この森はベラとの思い出がありすぎた。
「普通の」人間として、ただ気楽に生きていればよかったあの頃。
たくさんの会話が耳によみがえるような気がして、俺は目を閉じた。
そして、あの事件。
あれから1ヶ月が過ぎ去った今でも、俺の気持ちは何一つ変わってはいない。
心の底から好きになった人が、人間としての人生を終え吸血鬼になってしまうなんて、誰が想像できるだろう。おまけにその人が自ら進んでそうなったなんて。
もしも何かの事故でそうなってしまうのなら、まだ怒りをぶつける相手がいるだけいい。
けれど、ごめんなさいと切なげにつぶやいて去っていった人に、どう怒れというのだろう。
今でも、もしもベラの気持ちを掴むことができていたら、彼女は人間として幸福な人生を送ることができたのにと思うことがある。
あのときあの女占い師が現れなければ―――。
深い悲しみに似た後悔は、とどまることなくあふれてくる。
昔のように、どうしようもなくて暴れてただ毎日を過ごすだけだったのよりはマシになったけれど、今でも胸の奥がひきつれるように痛むのは変わらない。
黙って深呼吸を繰り返す俺を、サムはただそばで見つめていた。
表情こそ無表情だったけれど、その目には深い同情が流れていた。俺のつらい気持ちを、最も近く感じているからかもしれない。かつての自らの後悔とともに。


だいぶ前の話だ。
サムが狼になったばかりの頃、リアと別れたとき。
リアに本当のことを話せずに、サムはひどく苦しんだ。今も苦しんでいるのは同じだけれど。
そして、違う意味の苦しみも体験せざるをえなかった。
エミリーの傷。あの傷を見るたびに、サムがつらい思いをしているのは、みんなが知っている。
そして、エミリーを普通だったらありえないぐらいに愛しているということも。
"刻印"という名の謎のものによって、愛する人を決められるなんて理不尽だと思うのは俺だけだろうか。
多分、本当に刻印が自分に降りかかれば、そんなことは思いもしないんだろう。
だけど、今の俺には多分理解できない代物だ。
ベラを好きだったころの自分を忘れるようなものだ。そんなの耐えられない。
だけど、実際にクイルにも起こった。
サムだって、リアと付き合っていたのにも関わらず刻印は現れた。
俺には現れないと、どうして断言できる?
もしも現れたら、ベラのことをすべて諦められるのだろうか?
そうしたらベラは安心するんだろうなぁとぽつりと考える自分に嫌気がさして、俺は気を紛らわせるように辺りの景色をただ頭の中へインプットし続けた。


「ジェイコブ、ここを任せてもいいか?」
突然静寂を破ったのは、エンブリーだった。
今、俺たちは境界近くの森で、パトロールをしている。もっとも、カレンたち―この名を思い出すたびに、胸の奥がずきんとする―がここフォークスを去ってからは敵なんて一人も現れていないけれど。
「・・・あぁ。大丈夫だ」
「クイルとお前は反対側のビーチを見て来い」
サムの指示にエンブリーとクイルは頷いて、勢いよく走っていった。
再びあたりが沈黙に包まれ、俺の近くにはサムだけになった。少しだけリラックスできるような気がして、俺はぎゅっと握っていた手を少しほどいた。
狼人間になる前はサムのことを毛嫌いしていたんだっけ。
ぼんやりとそんなことを思い出し、俺は少しだけ笑みを浮かべた。そうだ、ベラと一緒になってギャング呼ばわりしたこともあったな。今じゃ、笑い飛ばす冗談にもなりはしない。
「まだ大変なんだな」
ぽつりとつぶやかれた言葉に、俺は驚いてサムを見つめた。まるで独り言のような声だった。
「えっ・・・?」
「見てればわかる。つらいんだろう?」
俺はぎゅっと唇をかんだ。皆の前ではできるだけ見せないようにしてきたつもりだった。でもやっぱりサムにはいつも見抜かれてしまう。
「あぁ」
「きっといつかは笑えるようになるだろう。それまでの我慢だ」
サムの無表情な目に、少しだけ哀愁が漂った気がして、俺は目を瞬かせた。
「はい」
「もっと周りに頼ってやれ」
そう一言言うと、サムは俺に向かってそっと微笑んだ。


眠りにつく前に、一枚の写真を見る。出来上がったばかりのバイクの前で、ベラと並んで撮った写真。エドワードがいなかったときだ。
赤い光沢を放つ、鮮やかなバイクの前でピースサインをするベラの姿は、いつ見ても変わらない。
もし望めば、今すぐにでも会えそうな雰囲気に、俺は力を入れすぎた指をゆっくりと写真から引き離した。間違って破きそうになるたびに、俺は慌てて手を離す。
もう手放して忘れてもいい頃なのに、こんな風だからいつまでも吹っ切れないのかもしれない。
そう思って、俺は闇の中で一人ため息をついた。どこまでも一人になりたいと願いながらも、それでも一人で生きていく強さがない自分に、どうしていいかわからない。誰か、いやベラにそばにいてほしいと思いつつも、もしも出会ったら反射的に襲い掛かってしまうかもしれないとも思う。
矛盾する気持ちを抱えたまま、俺はベッドへ倒れこんで目を閉じた。
「俺は何にもできない出来損ないだな・・・」
苦笑してつぶやくと、夜空の星が暗くなったような気がした。
ゆっくりと眠りに落ちる直前、彼女の声がぼんやりと遠くに聞こえたように思えたけれど、そのまま夢の中へと俺はいざなわれていった。


いつもよりずっと晴れた昼間。
うっそうとしているはずの森にも、太陽からの明るい光が颯爽と差し込んでいる。まぶしさに目を細める仲間たちに俺もならう。
「クイル、ちょっとあっちに行ってくる」
普段の小道から離れた場所を指差し言った俺に、クイルは訝しげな顔をした。
「どこへ行くんだ?」
「ちょっと、用事を思い出した」
まともな言い訳を考えてくるべきだったと後悔しつつも、俺はぼそりとつぶやいた。
「サムには言ってあるから」
これはウソだ。そんなことを言ってあるわけがない。
でもこれは、どうしても一人で行きたかった。他人がいたら、自分が求めたものは見つからないような気がした。
「そうなのか?じゃぁ、俺がこれから先は見ておく」
「サンキュ」
なぜか切なさがこみ上げてきて、泣き笑いのような表情で言うと、さすがにクイルは変な顔をした。
「お前、何かあったのか?」
「・・・別に」
慌ててふいと外を向くと、クイルは首をかしげながらも通してくれた。
「お前、夕飯までには帰ってくるんだろ?間に合わないなら俺が代わりに食っといてやる」
「あぁ、帰るから心配ない」
振り向きざまに答えると、クイルのわざとらしいため息が聞こえて俺はくすりと笑みを漏らした。


きつい山道を登りながら、俺はぼんやりとここを探していた頃のことを思い出していた。
ベラが探したいと言った場所。そこで運悪くも(ベラのことを考えると運が良かったのだろうか?)ローランという吸血鬼に出くわした。
今思えば、きっとあの場所はエドワードとの思い出の場所だったのだろう。
俺には話さなかったけれど、あの頃のベラは何かとあいつにつながるものを探し求めていたような気がする。多分、探したい反面傷つくことを恐れていた。だから俺にも頼んだりしたんだろうなとぼんやりと思って、俺は苦笑した。結局俺は使いまわしの道具か。
それでもなぜか怒る気にはなれないのがベラだった。
きっと、それほどに好きだったんだと、今さらに気づく。
多分、ベラがあいつを好きでも、全然関係なかった。ただそばにいられれば満足だったから、あんな風にずっと友達のようにいられた。
あいつをライバル視しながらも、心のどこかでベラはあいつを選ぶとわかっていたのかもしれない。だから、最初から強気だった。負けても胸をはれるように。


たどりついた草原で座り込むと、俺はばったりと横になって流れ行く雲をじっと見つめた。
こんな風に穏やかで何も考えずに過ごすのは久しぶりかもしれないと思う。
狼になったときだって、何かは頭の中にあった。多分、何かは。
頬をなでるあたたかい風に目を細めながら、ジェイコブは黙って起き上がった。
「ここによく来てたんだろうな」
多分、ここはベラとあいつにとって幸せの象徴の場所だったんだろう。だから、こんなにもこの草原は輝いてる。
「・・・まるであいつみたいだな」
誰よりもキザで、カッコつけの吸血野郎。
そう心の中で悪態をついた後、俺はぎゅっと目を閉じて考えた。
だけど、ベラを大切に想うことにかけては、俺と同等かな、と。
俺もきっとまた恋をする。
そのときまた出会えても出会えなくても、君の幸せを願ってるよと、誰も答えることのない空にそっとつぶやいた。

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世界の中心                 

木漏れ日の中で、きらきらと輝いて見える人は、あたしのソウルメイトだ。
今でも信じられないぐらいの幸運に出会えたことに、今さらながら心から感謝する。
エドワードみたいな完璧な人が、あたしの目の前にいること自体が奇跡だもの。
たとえトラブルに100件見舞われたとしても、エドワードがいてくれるならどんなことだって耐えられるような気がする。
そんなことをぼんやりと考えていると、近くで走り回っていたエドワードがすぐそばにいた。
「どうしたの?」
ベルベットのような、なめらかな声。
半ばうっとりとしながら、あたしは軽く首を振った。
「ううん、何でもないわ。そんなことより早く草原まで行きましょ?」
「そうだね」
エドワードは輝くような歯を見せて笑うと、手をそっとつないだ。
「君はまだ走るのが苦手?」
「走るのはあたしじゃなくて、あなたでしょ?」
そう言いながらあたしは苦笑した。
「でも、もう大丈夫。あたしも少しは慣れたみたい」
「それは良かった」
エドワードはするりとあたしの手をほどくと、背中にあたしを乗せようとした。でもすぐに動きが止まる。
まるで彫像のような感じのエドワードに、あたしは戸惑った。
「どうかしたの?」
「いや、早く着くよりもこうやって君とゆっくり行った方が楽しいかなぁと思って」
そう言いながら、自分の指をあたしのにしっかりからめてにんまりと笑う。
頬が真っ赤になったあたしに、エドワードは切なげに笑っておでこにキスをした。
「やっぱり、こうやって頬が赤くなるのがかわいいんだよな」
「嘘ばっかり」
小声でつぶやいたあたしの声は、もちろんエドワードに聞こえてしまう。
「嘘なんかじゃないさ」
うるんだゴールドの瞳が、目の前にある。
そのことに動揺したあたしは、思ったとおり息が吸えなくなってぜいぜいとあえいだ。
「ベラ」
呆れたように言いながらも嬉しそうなエドワードを軽くにらんで、あたしはするりとエドワードの腕を逃れた。
「もう、あなたが話題をそらすからいけないのよ。さっさと行きましょ?」


草原はあたたかな空気に包まれ、ふんわりとした草はまるで羽毛のようだった。
「もうすぐね、入学式」
明るい太陽の光を浴びてきらめくエドワードの腕をそっとなぞりながら、あたしはつぶやいた。
あっという間に長期休暇が過ぎていくような気がする。
「あぁ。結婚式もね」
返された言葉に、思わず顔をしかめる。
「あなたはそればっかり」
不満げにうめいたあたしを見て、エドワードはくすくすと笑った。
「君が承諾したんだってこと、忘れるなよ」
「ホント、とんだバケモノと結婚することになっちゃったわよ。絶対後悔するわね」
苦笑気味につぶやくと、突然エドワードは真面目な顔つきになった。
「君を、後悔なんてする暇もないぐらいに幸せにするよ」
その口調に合わせて、あたしも真剣になる。
前よりは、エドワードの気分の波についていくのが大変じゃなくなった。きっと転生したら、もっと楽になる。それがあたしの喜び。
「わかってる。でもあなたのそばにいるのを後悔なんてするわけない」
「だといいけどな」
一転して、エドワードの口調は普通に戻る。
あたしもリラックスして、彼に体を預ける。そっと髪をなでてくれるのが嬉しくて、あたしはゆっくりとエドワードの胸にすりよった。
「もし―――ここに戻ってこられなくなったら、二人で南の島に行くのもいいかもね」
つらいことだけれど、考えなくてはいけないとわかってる。
エドワードはいつもあたしに気を遣ってくれるけれど、それで問題から逃げられるわけじゃないもの。
「北極や南極はどうしたの?ベラ」
あたしが無理に明るい声で話しているのがわかったのだろうか、エドワードも明るい口調で返してくる。
「まぁそれもいいけど、あたしはあったかい方が好きだし」
「それはそうだ」
おかしそうなエドワードに、あたしはぎゅっとしがみついた。
これから言うことは、あたしにとってまだ癒えていない傷を針でさすようなことだ。だから、つらそうな顔を見られないように。
「ジェイコブとはもう会えないと思ってる。だから・・・」
「ベラ、無理しなくていい。まだまだ考える時間はある」
「そうよね。あたしが転生するまでの、あっという間の時間ならね」
思わずとげとげしくなったあたしの口調に、困ったようにエドワードが息をつくのがわかった。
「ベラ・・・」
「だから、今のうちから慣れておかなきゃいけないの。自分でもわかってるのよ」
大丈夫。言い切った。声もかすれてない。
エドワードには気づかれなかったはず。あたしが泣きそうだってことは。
「ベラ、完全に会えないと決まったわけじゃない。もし君が望むなら、このままでいることだって可能なんだよ」
エドワードが暗に言ったことがわかって、あたしは息をぐっとのんだ。
エドワードは、あたしが転生することに好意的ではない。はっきり言って、できるならこのまま人間でいてほしいと思っている。魂が救われないかもしれないなんて、あたしにとってそんなことはもうどうでもいいのに。
だからこうやって、あたしの心が揺らぐ瞬間に意見を持ち出してくる。
「あたしの最大の望みはわかってるでしょ」
最大の、のところを強調して言い返すと、エドワードは不安げに瞳を瞬かせた。
「だけど・・・君はジェイコブ・ブラックのことが話題になるたびにすごく・・・つらそうな顔になる。ぼくは思うんだよ。これで本当にいいのだろうか、と。ぼくよりも、あいつのそばにいるほうがベラにとって幸せなんじゃないかと」
あたしは顔をしかめた。今までどんなに胸の傷がうずいても、出来る限り冷静な顔をキープしてきたつもりだったのに。エドワードがいなくなったときもそうだったけれど、あたしは冷静なフリをする能力が人一倍劣ってるんじゃないだろうか。
「そんなはずないって、自分でもわかってるくせに」
あたしの言葉に、エドワードは顔をゆがめた。
「そんなことない」
「ウソよ。だってエドワードは誰よりも―――あたしには理解できないぐらい―――あたしのことを大切に想ってくれてる。もしもジェイコブのところにいる方が安全で、あたしにとってそれがベストなら、たとえあなたの望みに反してもあなたはそうするでしょ」
エドワードは諦めたような顔をして、少しだけ微笑んだ。
「そうとも限らないよ」
「どうして?」
「ぼくは自分の望みを突き通すかもしれない」
もうすでに突き通してるけどね、というかすかなささやきは無視することにする。
あたしはぎゅっと眉をよせて、何もない空間をにらんだ。
エドワードは本当に話をそらすのが上手い。それだけは認める。
「ところで、転生した後はやっぱり人がいないところがいいわよね。やっぱり南の無人島かな」
「ベラ、その話はもうやめよう。今でなくてもいいんだから」
自分が強情なことはわかっている。それでもあたしは話を続けようとした。
「それとも南極がやっぱりベターかな。でもアリスたちは嫌がるかもね」
「ベラ・・・」
「エドワード、あたしもうこれ以上逃げたくないの。今まであたしはさんざん嫌なことから逃げてきた。だけど、それで問題が解決するわけじゃないでしょ?もしかしたらジェイコブの傷が癒えればあたしの傷も癒えるのかもしれない。もしくはジェイコブの傷が癒えてもあたしのは癒えないのかも。だけど、どっちになるかは誰にもわからないの。それを待つのは、とても無理。この痛みを抱えながら生きていくのがあたしの義務なのよ」
ずっとこの何週間か考えてきたことを言葉にするのは、思ったよりも難しくなかった。
「わかってくれるでしょ」
かすかにつぶやくと、横から小さなため息が聞こえた。
「わかってたよ。そうやって君は何でも一人で背負おうとするって」
あたしは少しだけ苦笑した。
「でもね。エドワードがいてくれるから、あたしは大丈夫。たとえこの痛みが永遠に消えなくても。あたしにとって、なくてはならないものはわかってるもの。あたしの中で、世界の中心はあなただけだから」
エドワードは呆れたように首を振るとつぶやいた。
「君はぼくのことを買いかぶりすぎてるよ」
「そうかしら?」
「あぁ、そうさ」
少し乱暴な口調でエドワードは言うと、突然あたしの上に覆いかぶさった。自分の体重があたしにかからないように支えてはいるけれど、瞳の奥では楽しそうな感じ。
「世界最高の肉食獣が世界の中心だなんて・・・。君はやっぱりトラブルを引き付ける磁石だよ」
「でもあたしもその仲間になる。だから危険じゃなくなるでしょ」
重要な点を指摘すると、エドワードは顔をしかめた。
「まあね」
やっぱり認めたくないみたい。勝ち誇ったようなあたしの表情を、エドワードはじっと見つめた。
「でも知ってる?ぼくにとっての世界の中心も君なんだよ、ベラ」
一瞬だけ鼓動が止まり、また動き出す。
「そう言ってくれると思ってた」
あたしはかすかに聞こえるかどうかの声でささやいた。


あたしの世界の中心が永遠にエドワードであるように、彼の世界の中心もあたしであってほしい。
そう、心の中でそっと祈る。

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過去も未来も、共に                 

「アリス、そんなにまじまじと見なくてもいいじゃない」
あたしはため息をつきながら言った。
「あたしがそんなにぱっとしないのは、昔からわかってるでしょ?」
その発言にエドワードは顔を少ししかめたけれど、何も言わない。ただ黙ってあたしを抱きしめているだけ。多分、反論してもあたしが納得しないのがわかっているから。
あたしの小さな部屋に三人もいると、何だかいつもより窮屈に思える。
冷たいフローリングの床に座って、木目を指でなぞって気を紛らわせる。
エドワードが近くにいると、(いい意味でだけれど)心臓がどきどきしてまともに行動できない。
そんな恥ずかしいことを、アリスにはあまり気づいてほしくなかった。どっちにしろ、もう気づいているんだろうけど。
「そんなこと思ってないわ。だけど、写真の数がずいぶん少ないのね」
「そういえば、ぼくと一緒に撮った写真しかないね。小さい頃とかの写真、ないの?」
「えっ」
あたしは思わず言葉につまった。
小さい頃の写真なら、ある。だけどそれを見せるのは気が進まなかった。
チャーリーとママがここフォークスで暮らしていた短い期間に撮った写真は、チャーリーに頼み込んでリビングから撤去してもらった。自分が見ているだけで顔から火が出そうなものは、とてもじゃないけど他人がくる場所へは置けない。
「どうしたの?」
アリスの不審そうな目線に負けそうになって、あたしは目をそらした。
「ううん、何でもない。小さい頃の写真は、ここに来たときに処分しちゃった」
嘘が下手なのは前々からわかっていたことなのに、あたしはまたしても嘘をつかざるをえなかった。おまけに究極なのは嘘をつく相手が何でもお見通しの吸血鬼二人組だったこと。
自分でも悲しくなってくるぐらい、あたしの嘘はバレバレだった。
おかしそうにくすくすと笑うアリスはまだマシ。エドワードはというと、黙ってあたしを睨んでいる。どうして隠そうとするのかがわからないんだ。
「ベラ、諦めなさい。力ずくで見るか、ベラに見せてもらうか。どっちかなんだから」
呆れたような口調でアリスに言われても、全然嬉しくない。あたしの恥さらしになるのは目に見えているんだもの。
「やだ」
強情なあたしの気を変えさせるのは、アリスの技をもってしても無理だった。今回は。
絶対にエドワードの瞳を見ないようにして、あたしはだんまりを決め込んだ。と、言ってもエドワードは後ろから抱きしめているだけだったから、顔は見えなかったわけだけど。
「ベラ・・・」
エドワードはいつもの頼み込む口調であたしに話しかけた。
「頼むよ、見たって恥ずかしいことは何もないさ」
「あるもの」
あたしは半分ふてくされて答えた。エドワードは慰めてくれるだけだからまだいい。だけど、アリスに関してはそんな気楽な判断は確信できなかった。きっと爆笑するに決まってるもの。
あたしのすねたような態度に、アリスは少しだけ考えるような表情を見せた。
「そんなに嫌なら、あたしだけ抜ければいい?」
そして、エドワードに何かを知らせるように目線を送る。エドワードは少しだけ顔をしかめたけれど、しばらくしてこくりと頷いた。
「ベラ、どう?」
あたしはむっとした。本当に見られたくないのに。
どうしてこんな天使みたいに、ううん、天使なんかよりずっとクールで神々しい生き物が、あたしなんかに興味を持つんだかさっぱり理解できない。あたしには、そこまで魅力はない。
黙ったままのあたしに、アリスは呆れたように肩をすくめて部屋から出て行った。
踊るような足取りを見て、なぜだか無性に悲しくなる。
「ベラ」
優しく問いかけるような声音に、思わず振り向いてしまう。
あたしから少し離れていたエドワードの顔は、思ったよりもずっと近くにあった。間近に見える、うるんだゴールドの瞳に何も考えられなくなって、あたしは大きく息をする。
「な・・・に?」
「頼むからさ、写真」
「だめ、だってば」
言いながら、酸素が十分に行き届かず、あたしはまた失神しそうになった。
ふらりとした身体を支えられて、慌てたような表情のエドワードがベラと呼ぶのが聞こえる。くらくらとした頭で、あたしはエドワードを睨んだ。こうなったのはエドワードのせいだもの。間違いなく。
「本当に、どうしてそこまで嫌がるかな」
四分の呆れと六分の好奇心で満たされた言葉に、あたしは顔をゆがめた。
「見たら絶対に笑うもの」
「そんなことないさ」
「ううん、あたしにはわかってるの」
しかめ面のままで答えると、エドワードはなぜだか後ろめたそうな顔をした。
「どうしたの?」
頬にふれたあたしの指をそっとなでて、エドワードは目をそらした。途端にあたしは不安になる。
「ねぇ、何かあったの?」


階下では、アリスの奮闘が続いていた。
「あーっもう。いったいどこに隠したのよ、ベラったら。おっかしいなぁこの辺にあるはずなんだけど。やっぱりエドワードがいないと不便ね」
そう言いつつ、アリスの中には少しだけズルをしようという気持ちがわいてきていた。
「まぁちょっとくらい、いいか。エドワードだって見たいのは同じなんだから」
そう勝手に解釈して、ズルをしてはいけないというエドワードとの約束は破棄することにする。
「さぁあたしはどこで写真を見つけるのかな・・・?」
瞑想にふける彼女を邪魔する者はいない。


カチャリ。
ドアが開かれたと同時に、アリスが楽しげに入ってきた。
「あれっ、アリス。何か忘れ物?」
あたしは慌てたようにたずねた。アリスはたった15分前に家に帰っていったはずだ。もちろん、15分もかからずに家にはたどり着けるのだろうけれど。
「ううん。もちろん違うわ、ベラ。エドワード、はい見つけたわよ」
満面の笑みを浮かべてエドワードにうすい紙袋を手渡すアリスを見て、あたしは何かがおかしいと思った。どこかで見たような袋。
「ちょっと待って。それ、何?」
悪い予感が胸にこみあげるのを感じながら、あたしはたずねた。多分表情が相当必死だったはず。
エドワードは黙って答えない。
一瞬の沈黙があったのち、エドワードは素早い―だけどとても優雅に―動きで袋の中身を取り出した。
その正体に気づいた瞬間、あたしは真っ赤になった。
なぜなら、それはあたしが必死に隠そうとしていた小さい頃の写真だったから。
怒りのあまり涙が出てきたあたしを、アリスはぞっとしたように見つめて後ずさった。
「ちょっとベラ!あなたどうしたの。ひどい顔になってるわ」
その瞬間には、冷たい腕があたしを抱きしめていた。
「悪いけど、アリス。ひとまずここから出てってくれ」
強張った声のエドワードに、アリスは罪悪感のにじみ出た表情であたしを見ると、すぐに部屋から去っていった。
ちょっとだけやりすぎかもと思うけれど、涙が止まらないのは仕方がなかった。
「ベラ、ごめん。君を怒らせるつもりはなかったんだ」
静かに言われた言葉に、あたしはしばらく黙っていた。泣いたあとはいつも声がかすれてしまうから。
「ごめん。もう見ないって約束するから」
不安そうにざらついたベルベットのような声に、あたしは少しだけ安心した。
少なくとも、エドワードはあたしの写真を見て笑ったりしなかった。ほっと力を抜くと、エドワードはまだ不安そうにあたしを見つめている。
「もう大丈夫。さっきはごめんなさい。恥ずかしかっただけなの」
うつむいてつぶやくと、ひそやかな笑い声が頭の上で響いた。
「?」
「いや、君のことで笑ったんじゃないんだ。アリスのやつがさ、君の写真を探し出すって言ったのはいいんだけど、絶対予知能力を使わないってぼくと約束してたんだ。なのに、使っちゃったらしくて、今すごい後悔してるわけ。そんなことを思う前に、君に謝ればいいのにさ」
「そんなことしてたの?」
「ごめん」
後悔したような表情をしながらも、エドワードはどこかおかしそうな顔をしていた。
二人の絆に、少しだけうらやましくなる。
「でもいいわ。見ても許してあげる」
そう言って、あたしは床に落ちた袋を自分で拾い上げた。5分前だったら絶対に隠そうとしたであろう写真。エドワードが手にとった一枚だけが、微妙に袋から出ている。
「はい」
手渡すと、エドワードはかすかに頬を緩めた。
「小さい頃から転んでたんだね」
一緒になって写真をのぞきこむと、小さいあたしが家の前でつまずいて泣いている写真だった。思わず照れて笑ってしまう。
「そうね。あたしは昔から運動神経が異常に悪いのよ」
その言葉に、エドワードはくすっと笑った。
「でも今よりは良かったんじゃない?」
「うーん、どうかな。あたしはそんなに変わらないと思う。チャーリーに聞けばわかるけど」
そこで突然エドワードはふいっと窓の外を向いた。
「許してくれたのは・・・どうして?」
急に話題が変わったことで、あたしは少しまごついた。
少しだけ黙って、エドワードの冷たい指先をなぞる。
ぎゅっと握り返してくる手に、あたしは思わずにっこりした。
「あなたには、あたしの過去も知っていてほしいと思ったから」
そうささやいて大きなゴールドの瞳をのぞきこむと、それはかすかにゆらいだのち、大きく笑顔に変わっていった。

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